2007年10月08日

帯をギュッとね!

那須への湯治旅行の際、宿泊していた民宿 小林館に河合克敏 作「帯をギュッとね!」が置いてありました。




部屋でぷらぷらしている時間を利用して読み始めてみたところ、、、 全30巻読んでしまいました。


この漫画の舞台は、1989年〜の高校柔道。

実は、私は、中学、高校時代、柔道をやっており、この時期に丁度重なります。


この漫画は、静岡県の「浜名湖高校」の話で、私は兵庫県神戸市の高校に通っていたので、場所は違うものの、何だか懐かしい気持ちいっぱいでした。


当時、神戸市には私の一つ上の学年に重量級でオリンピック銀メダル(私の知っているルールに照らしあわすと誤判定でしたから、実力金メダルという気も)の篠原選手がいました。

篠原選手は非常に身長が高く、恐いイメージだったので、いろいろと覚えていますが、一番初めに印象に残っているのは中学生の頃です。

後輩の試合を応援に来ていた篠原選手が、後輩の対戦相手を野次りまくっていたんですが、私もその中の一人でした。

その時、「こんなレベルやったら、俺が出たら優勝できる!!」 と言われていたのが印象的で、この人は態度も身体もでかいのに、高校ではなかなか勝てないのかなぁ、、、と思っていました。


が、篠原選手の育英高校は県大会で優勝し、篠原選手自身も全国大会にて注目を浴びるようになり、私が高校に入る頃には、神戸市/兵庫県の高校レベルでは敵なしになっていました。

おそらく、帯をギュットね の主人公のように、いろいろ工夫して強くなっていったのでしょう。

個人戦の階級も異なり、団体戦の並びも異なったため、篠原選手と試合したことはありませんでしたが、全く別世界の人でした。

篠原選手に限らず、育英高校は全く勝負にならない、、 毎回 5−0 or 4−0 でした。


当時は、悔しいと思ったことも無いし、どうやったら勝てるんだろう?? と工夫することも一切ありませんでした。

育英のような雲の上の存在に限らず、他の学校に対しても同じでした。

思い起こせば、日々、淡々と柔道をこなしていただけでした。


柔道センスが一流選手とは明らかに違い、何をやっても全国レベルの選手にはなれなかったかもしれませんが、「帯ギュッ!!」を読み、いろいろ考えて策を練り、戦略的に鍛えれば何とかなったかも知れないなぁ、、としみじみ考えました。



一方、ふと 今の生活に目を移してみたら、何だか高校のときと同じく淡々と生きている気がしました。

何かの世界で全国大会を目指してみたら、今よりもエキサイティングさを増すんじゃないかなぁ、、、 という気がしてきました。


例えば、ビジネスで。。。

全国レベルの選手を目指すのであれば、漫画の中の千駄ヶ谷学園(世田谷学園?)のように、年中休みなしで朝5時30分から日々鍛えたり、都立竹ノ塚高校のように情報収集に血道をあげたり、血のにじむ努力が必要となんでしょうね、きっと。
posted by AK at 23:40 | 東京 🌁 | Comment(0) | TrackBack(0) | 思索 | リンク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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